カラン、と喫茶店のドアが開き一人の女性が入ってきた

「やあやあ 花京院くん」
「お久し振りです、さん」

先程の女性がおどけた調子で此方へ挨拶を交わす
この彼女、は私の幼馴染みで5歳程年上である
久しく会えていなかったというのもあるかもしれないが珍しくばっちりとメイクを決め雰囲気も大人っぽくなっている。変わってしまった彼女に胸の辺りが苦しくなった

彼女は席に着くと赤いエナメルの肩掛け鞄から緑のマルボロのライトメンソールの白と茶色を取り出す
手に取ったそれをトントンと先端へ葉を詰め、そして云った
エスプレッソと濃いコーヒーの違いだとかそのカフェオレグラッセの正しい飲み方を知ってる人とかってのは以外と少ないのよね、と。
云い終わると予め取り出していたそれの先端にオレンジ色を灯けその煙を吸い込み、そして吐き出した

「一本、頂けますか」
程々にね、と言いながら1本花京院へ手渡し口にくわえていたそれを彼の口先のモノと重ねた
全く、悪い大人だ

「煙草、吸っていたなんて意外ですね」

正直彼女が煙草を吸っていたことすら知らなかった
目の前のぼんやりと燈ったオレンジとゆらゆら蠢く白を私はぼぅっと眺めた

「味とか香りってのはキャスターだとかそういった類のが好きなの。でも、これに馴れて仕舞ってね」
口から離した煙草とそこから燃え尽きた灰を灰皿にトントン、と残す


「最近どうですか」
「へへ、頑張ってるよ。すごく」

そういってにこりと笑顔を向けた彼女の眼からはその笑顔とは裏腹に大粒の涙が溢れ出していた
ですよね、と私は呟く。普段は明るく振る舞い周りの気を使って暗い事、自分の意見を全て背負い込んで悩むのが彼女でありそれを私にだけ吐き出してくれるのが私が好きになった人なのだ

話を聞くと学業も生活も上手くいかず同棲している恋人が以前より素っ気なくなり明るく振る舞っていた彼女にもうるさいと当たられ挙げ句の果てには暴力も振るわれることもしばしば有る、とのことだ

「私が奪ってしまえればよかったのに」

呑み込んでいたつもりのその言葉は知らないうちに声に出ていた
私は昔から彼女、が好きだった。けれど昔から彼女は自分以外を見つめていて、話を聞くのが彼女と自分の唯一の"繋がり"だというのにそれが辛かった。頭で解っていたとしても心は痛むのだ

我に返った私は慌ててすいません、と付け足した。しかしそれに対する返事は意外な言葉であった

「わたしも典くんに貰われたら幸せに生活してたんだろうなぁ」

お世辞と解ってはいる。辛い事ばかりだというのも昔から解かっている。だが想い人に気持ちが伝わるのはこんなに嬉しいのか、と私は思った。

「でもそんな感じでもなんだかんだ上手くやっていけてるんだよ」

微笑んでいる彼女の笑顔は矢張り少しばかり無理をしていて、そんな彼女が堪らなく愛おしくなった

さん、お話があるのですが」

唐突に私は切り出す。なんとなく今日伝えなくてはいけない、そんな気がして。無論結果なんてとうに見えている

「わたしからも話すべきことがある……だけど典明くんまずは君から、どうぞ」

「ずっとあなたの事が好きでした。あなたの事だけを見つめていました。今までずっと」

「典明くんありがとう。あなたの気持ちは知っていた。でも、その気持ちは私には……」
「ええ、勿論解かってはいます
――ですが、あえて。何故……か聞いても良いですか?」
「もうすぐ結婚する予定なの。彼の家の方へ引っ越すんだ。本当は今日はそのお別れの挨拶に来たの」
会って直ぐ左手の指元に光った銀色で察していた。"変わってしまった"彼女だからこそやっと伝えられたのかもしれない

「遠いから花京院くんとはもう暫くは会えないの、ちょっと寂しいな」
「またたまに愚痴でも聞きに行きますよ」


「今日は有り難う
――あなたのこと、心から愛していたわ」

そういって額に口付けを残した彼女からは煙草の香りと桜の甘酸っぱい匂いがした



もうすぐ初夏が来る


初夏の香り



<< back